投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-12-23 (631 ヒット)

 12月9日(火)大正大学宗教学研究室において、「震災と宗教」の第9回定期研究会がおこなわれました。

 今回は、早稲田大学大学院の院生でいわき明星大学客員研究員でもある、川副早央里先生より、福島県浜通り地域の住民生活を支える諸機能の再編と都市形成に関しての報告を受けました。川副先生は本研究会の研究メンバーでもあります。報告の内容は、震災後、特にいわき市勿来地区において双葉郡から行政機能が移転するなかで、勿来地区の再開発が進み活性化されている様子が見られるというものでした。また、いわき市の津波被災地域における復興まちづくりの現状と課題について、さらに、いわき市の避難者受入れのこれまでの取組みと共生に向けた今後の取組みについて、社会学的な見地から説明がありました。




 川副先生の報告は、震災前から震災後のいわきの変化の様子を直接知ることができる貴重な機会であったと思います。震災から3年経ち、被災者の方々の意識が変わってきていることをふまえ、人の動きにともない宗教の機能がどのように変化していくのか私たちもこれからも見守っていきたいです。

 次回の研究会は未定です。このブログにて追って報告いたします。今しばらくお待ちください。

                                                (文責・高橋麻美子)

(大正大学宗教学会「震災と宗教」研究会の調査は、大正大学学内研究助成金ならびに科学研究費補助金による成果の一部である)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-12-08 (512 ヒット)

  11月27日(木)、大正大学宗教学研究室で「震災と宗教」の第8回定期研究会が行なわれました。

 本学会では、これまでの記事で報告してきましたように、東日本大震災以降、「震災と宗教」に関する調査を継続しておこなってきました。
 2012年度より大正大学学術助成金(代表・寺田喜朗准教授)を受けながら研究を進め、今年度より新たに科研費が採択され(基盤研究(C)東日本大震災後の地域コミュニティの再編と宗教の公益性に関する調査研究 代表・弓山達也教授)、研究のさらなる発展が期待されています。

 そこで、これまでおこなってきた被災地域における宗教団体の支援活動調査に加えて、今年度から新たに福島県いわき市における「震災モニュメント」の調査を進めていくことになりました。
 今年度はこれまでに7回の定期研究会を重ねてきました。そして、今年9月よりいわき市内の震災モニュメント調査を新たに開始し、今後は『宗教学年報』等で研究成果を報告していく予定です。
 
 今回の定期研究会では、9月に調査した震災モニュメントの解題を作成していくための準備として、君島彩子さん(総合研究大学院大学)、魚尾和瑛さん(大正大学大学院)、小林惇道さん(大正大学大学院)が震災モニュメントに関する先行研究のレビューを発表しました。
 今回の発表では、[鮖法紛畧〜戦前)、∈綽醒枯大震災における震災モニュメント、震災モニュメントの形状(碑、仏像、植樹等)の3つの視点で進められました。

 発表を聞き、地理学や建築学などの宗教学以外の学問領域からも学ぶところが多いと感じました。また、阪神淡路大震災の研究では震災モニュメントに言及している論文も多くあり、いわき市の震災モニュメントを分析する際に応用・比較できるのではないかと思いました。そして、震災モニュメントの形状に注目し、震災モニュメントの意味や人々の捉え方の変容を探ることや、モニュメントの分類を行なうことは大変興味深い試みであると考えます。

 次回の研究会は12月9日(火)を予定しています。

                                                   (文責・高田彩)
(大正大学宗教学会「震災と宗教」研究会の調査は、大正大学学内研究助成金ならびに科学研究費補助金による成果の一部である)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-10-01 (628 ヒット)

 去る9月7日から9日まで、同志社大学にて日本宗教学会第73回学術大会が開催されました。本学研究室からは発表者の先生・諸先輩のほか、院生ら7名が参加しました。



 学会初日のシンポジウムは「宗教と対話―多文化共生社会の中で―」という題で開催されました。シンポジウムは、国際政治、国際生命倫理、社会福祉の視点からなされました。パネル発表では、宗教研究と諸学問との関係及びその可能性について、現代社会における宗教学の重要性を踏まえて検討されました。パネリストは、同志社大学学長の村田晃嗣先生、同大学大学院グローバル・スタディーズ研究科特別客員教授の位田隆一先生、同大学社会学部教授の木原活信先生の3名でした。コメンテータは、上智大学教授の島薗進先生でした。島薗先生は、宗教研究の視点から、各パネリストの発表に応答する形で議論が進められました。

 議論では、変化し続ける宗教と、文化や科学、政治や国家が、密接な繋がりがあることが指摘されました。しかし、宗教学とその他の研究(国際政治、生命倫理、社会福祉)を結ぶことがまだ十分ではないことも指摘されました。また、国際政治の問題では、東アジアにおける諸問題として、靖国神社や尖閣諸島に関しても議論されました。その中では、近代国際法的な日本の「主権」と、近代以前の中華思想における中国の「主権」という意味の違いも指摘されました。一方で、国際社会における生命倫理の議論や自殺対策では、宗教者だからこそみえることもあると指摘されていました。一方で、宗教に関しては、海外と日本における認識の差異など、課題も指摘されました。宗教学は、「宗教と対話」というものを考えた時、可能性がある反面、課題も多くあることが指摘されました。

 大会2日目、3日目はそれぞれのテーマに部会が分かれて、個人研究発表が行われました。「親鸞」や「日蓮」がタイトルに含まれる近代仏教に関する研究や、宗教間対話をテーマとする部会が多く見受けられました。各部会では、諸宗教に関する研究、東日本大震災における宗教者の活動に関する研究、宗教民俗や宗教と社会に関する研究、キルケゴールやハイデガーなどの宗教哲学に関する研究と、様々な研究テーマによる発表がされていました。

 本大学からは、本研究室博士1年の小林惇道さんが、「仏教教団による戦死者慰霊の展開―忠魂祠堂を事例として―」の題目で発表されました。ここでは、浄土宗が日清戦争の戦死者の為に建設した忠魂祠堂(戦死者慰霊施設)を事例に、仏教教団における戦死者慰霊の位置づけと特徴を考察していました。また、結論では、当時の浄土宗が、戦死者慰霊を通して、国家と教団の関係、近代へ進む教団の在り方を模索していたことも指摘されました。

 また、学会3日目の午後には、本学教授弓山達也先生が代表を務めたパネル発表「新しい宗教研究の地平を拓く―「実践」という場から―」や、本学講師星野壮先生が参加されたパネル発表「日本のカトリック教会の在日外国人支援にみる「多文化共生」」が行われました。

 学会での諸発表は、様々な資料や調査の下に、限られた時間の中で行われています。その為、それぞれの研究内容は要点をまとめられており、極めて濃密な発表でした。また、異なるテーマの発表が各部会で行われ、宗教学における研究領域の広さと、その可能性を感じました。それと同時に、短時間で行われる発表の中で、発表の論点を明確にし、相手に伝え、議論することの難しさも学びました。

 また、「沖縄」と「新宗教」に関する研究を志している私としては、立正大学の竹村一男先生の「沖縄における末日聖徒イエス・キリスト教会」や、筑波大学の門田岳久先生の「200円の聖地―観光化に伴う斎場御嶽の入場管理と公共性―」が、大変勉強となりました。新宗教研究では、天理教や金光教、そして大和教団の研究がありました。発表では、金光教一つをとっても、教祖に関することなのか、教団組織に関することなのかで、資料や方法も大きく異なっていました。

 私は、本学会を通して、同じ地域や題材を取り扱っても、異なる視点と方法論を用いることで、研究の幅が広がることを、改めて感じました。それは逆に、研究の良さは、方法や視点において、如何に先行研究を踏まえた独自性を出すかだと思いました。院生として、そのことを肝に銘じて、自身の研究をしていきたいと思いました。

 ちなみに、長島が参加した発表は、以下の通りです。
・「姉崎正治の日蓮論」
・「新潟市の女性シャーマンについて」
・「ポスト九学会調査の可能性」 など

                                                 (文責:長島三四郎)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-08-05 (732 ヒット)

 本学の社会貢献活動の一環として行われている鴨台盆踊りが、7月4日、5日に開催されました。
 鴨台盆踊りを主催している鴨台プロジェクトセンターでは、大学が地域社会に貢献し、キャンパスの枠をこえた学びを推進する活動を行っています。
 鴨台盆踊りは、毎年地域の方々や多くの子どもたちで賑わうイベントであり、本学の学生有志を中心として企画、運営されています。また、僧侶を志す仏教学部学生有志による施餓鬼供養が鴨台観音さざえ堂の前で行われるなど、仏教系大学ならではの取り組みもなされています。
 今年は新たな取り組みとして「こども盆踊り教室」が開催され、多くの浴衣姿の子どもたちが遊びに来てくれました。アンパンマンマーチや歌謡曲に合わせて、やぐらの周りを囲むように輪になり、盆踊りを踊っていました。


 小雨の中、多くの人が踊っていました


 当日は多くの屋台が出店され、本研究室は、わたあめの屋台を出店しました。出店に際して、院生だけではなく哲学・宗教文化コースの学部生も多く参加してくれました。協力しながら準備やわたあめ作りを行ったことで、学年を超えて親睦が深まりました。開催日当日はあいにくのお天気でしたが、両日合わせて400名ほどのお客様がいらっしゃいました。院生、学部生ともに、最初はふんわりとしたわたあめを作ることに苦戦しましたが、初日が終わるころには、全員が上手く作れるようになりました。


 大変多くの人にお越し頂きました


 東日本大震災以降、宗教になにができるのかという問題意識のもと、宗教の社会貢献や公益性について議論が活発になされています。
 仏教系大学である本学の場を開放し、地域の方々に利用していただくことや、盆踊りという仏教行事を行うことは、地域貢献だけでなく、宗教の社会貢献という面からも捉えることができるのではないでしょうか。
 鴨台盆踊りにわたあめの屋台として参加したことは、宗教の社会貢献にはどのような方法があるのか、またどのような意義があるのかを考える良い機会となりました。今回の経験を今後の研究に活かしていけるようにしたいと思います。
                                                   (文責・高田彩)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-07-31 (671 ヒット)

 6月27日(金)、本学5号館3階532教室にて、大正大学宗教学会2014年度春期大会が開催されました。本大会では、寺田喜朗先生(大正大学准教授)司会のもと、『慰霊の系譜―死者を記憶する共同体―』(森話社、2013年)の書評会をおこないました。評者は、金律里さん(東京大学大学院博士後期課程)と小林惇道さん(大正大学大学院博士後期課程)でした。また、両評者の書評に対して、本書の編者である村上興匡先生(大正大学教授)と西村明先生(東京大学大学院准教授)がリプライをしました。


 編者の村上先生と西村先生、司会の寺田先生

 書評会を始めるにあたって、まずは編者の二人から本書刊行の経緯について説明がありました。本書は、故孝本貢先生(明治大学教授)が研究代表者だった「戦争の記憶の創出と変容―地域社会における戦争死者慰霊祭祀の変遷と現状―」(科学研究費基盤研究(B) 2007〜2009年度)の共同研究を基盤とし、その後さまざまな共同研究を経た上で編まれたとのことでした。

 次に、2人の評者から本書に対するコメントがあげられました。
小林さんからは主に3点コメントがありました。一つ目は、明治期に地域社会のために殉職した警官の死の意味について、当初は現世利益的なプライベートな信仰の対象とされていたが、時が下るにつれてその道徳的意義をたたえるパブリックな顕彰の対象へと移り変わっていったと捉える評者の理解に対して、著者にその妥当性を質問するものでした。

 二つ目は、本書で「戦争死者」として一括りにされていることに対して、慰霊の比較研究を行う際には、主に戦闘での死者を指す戦没者と空襲などで犠牲となった戦災死者を意識的に使い分けて考えていくことが求められるのではないか、と提起するものでした。
さらに三つ目は、「慰霊」と「追悼」の用語に関して、小林さん自身の修士論文(「現代における戦争犠牲者の慰霊・追悼―小集団の事例から―」(2011年提出))を参照しつつ、現代社会においては、直接的に知る死者を対象とする慰霊から、共同体によって営まれる追悼への流れとして捉えることが可能かについての質問でした。

 これに対し西村先生からは、本書の事例となる近代地域社会の慰霊においては、プライベートからパブリックというよりも、地域を限定したローカルなものからより広範囲なオフィシャルなものへの変容として捉える方がのぞましいとのリプライがありました。また、戦没者と戦災死者に関して、その両者にははっきりと分けることが難しい場面もあり、そうした多様性を具体的な事例を基に示すことが必要だとの回答がありました。一方で村上先生からは、「慰霊」、「追悼」の用語は研究者の間でも定義が完全には共有されておらず、こうしたことも考えながら議論を行っていくことが求められるとの答えがありました。

 続いて、金さんからは大きく2点コメントがありました。一つ目は、災害死者への慰霊祭が時間を経過するにつれて過去志向から未来志向へと変容していくとした記述に対して、当初からその両者は共存しているとともに、時を経ても追体験としての過去は未来志向と併存した状況があるのではないかとの疑問があげられました。
 二つ目は、慰霊研究がなされる際に大きく問題となる靖国神社に代表される国家レベルに関わる記述が本書に無いことについての問いかけがありました。

 これに対して西村先生からは、過去の追体験がなされる場合には死者の個性は消えていくという意味で抽象化された未来志向といえる状況であること、国家レベルの記述がないことについては戦略的でもあり、家と国家の中間レベルとして地域レベルを本書は対象としているとのリプライがありました。
 村上先生からは、近世の藩での主君が家臣を慰霊する行為が近代の靖国の原型として捉えることもでき、国家レベルとの関わりはそうした点にも見いだされるとの答えがありました。

 なお、金さんからは、「慰霊」や「追悼」という用語に対して、ご自身の出身地である韓国では上記2つの用語の他、「追慕」という言葉も多く使用され、これらの言葉は宗教団体によって使い分けられていることが紹介されました。


書評者の小林さんと金さん


当日は、多くの方々にご来場いただきました

 その後、質疑応答の時間が設けられ、多くの方々より質問があがりました。そのなかで、本書の著者の一人である土居浩先生(ものつくり大学准教授)が、慰霊研究というジャンルがあると認識している人がどれだけいるのか会場にアンケートをとる場面もありました。その結果、会場のほとんどの人が認識していることが判明し、慰霊研究が宗教研究において新しい分野として確立されつつあり、かつ研究者の強い関心を惹くものであることが共有されました。このほかにも多くの議論が交わされ、白熱した雰囲気のまま大会は終了となりました。

 修士課程1年の私は、今回初めて大正大学宗教学会の大会に参加しました。「慰霊」というテーマに対して実に多様な意見が、それぞれの専門分野の見地から述べられ、相乗効果のように議論が深まっていく様子はとても新鮮に感じられました。なぜなら、自らの芯となる研究分野を持っていれば、議論のテーマを自らの専門に引き寄せて有意義な意見を発することができるということに思い当たったからです。これから研究を始めていく私たち院生にとって今回の大会は、「学問とはなにか」「議論とはなにか」「専門とは何か」を知ることができた貴重な機会でした。
                                                  (文責・小野澤真暁)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-07-26 (534 ヒット)

 6月21日〜22日に天理大学で開催された「宗教と社会」学会第22回学術大会終了後、23日に大正大学宗教学研究室では、寺社への参拝を兼ねた研修旅行として奈良県桜井市・宇陀市を訪れました。参加者は、弓山先達也生、寺田喜朗先生、星野壮先生、院生ら8名です。

 最初に、本学の設立宗派の一つである真言宗豊山派の総本山・長谷寺を訪れました。長谷寺は686年、道明上人が初瀬山の中腹である西の岡に銅板法華説相図を安置したことが起源とされ、西国三十三観音霊場の第8番札所として有数の観音霊場とされています。現在の本尊・十一面観世音菩薩は、室町時代に建立された木造の立像で、像高は約10メートルもあり、その堂々たる姿は、全国に広がる長谷信仰の根本像として威厳を放っています。

 今回私たちは、この観音さまが安置される国宝の本堂に特別に入れていただき、御足に直接触れる「御足参り」をすることができました。多くの人びとが長きにわたり信仰の拠り所としてきた観音さまに直に触れることで、深淵な仏徳を得られた気がしました。この他には、平安時代の春日大社の社司が病気平穏の御礼のために造った登廊や戦後初めて建立された五重塔、大講堂や書院がある本坊などを拝観しました。その後、寺田先生は自身の調査研究のため調査地へ向かいました。


 長谷寺の正門「仁王門」にて


 本尊が安置されている本堂(長谷寺)

 そして、弓山先生と院生らは奈良県宇陀市へ向かい、室生寺に参拝しました。真言宗室生寺派大本山の室生寺は奈良時代、後の桓武天皇である山部親王の病気平癒のため、5人の僧が室生の山地で祈祷をしたことが起源といわれています。この祈祷によるあらたかなご利益から、勅令で室生寺が建立されたとのことです。また、室生寺の最大の特徴といえるのが、真言密教の根本道場である高野山が厳しく女人禁制をひいたのに対し、室生寺は女人にも開かれた「女人高野」として親しまれている点です。
 今回は残念ながら、多くの仏像が、宮城県仙台市で開催される東日本大震災復興祈念特別展出展のため不在でしたが、本堂正面の厨子に据えられている如意観音菩薩は、なんともいえない安穏な表情で私たちを迎え入れてくれました。


江戸時代からある礼堂(室生寺境内)


 室生寺の正門
 
 室生寺を参拝後は、同市の龍穴神社を訪れました。龍穴神社のある室生地域は、早くから水神信仰と中国思想の龍信仰が結びつき、龍穴信仰として発展した霊地です。そうしたことから、室生地域には、雨や雲を支配する龍王が住むといわれる龍穴があり、そこに住む水の神・龍神を祀っている龍穴神社があります。室生の龍穴信仰は、室生寺の創立とほぼ同じ平安前期といわれています。神社の参道は短いながらも拝殿前の垂直にそそり立つ杉の巨木などの景観は、古来自然と共生してきた神道の様相が見て取れました。


 龍穴神社から約500m先にある「龍穴」


 拝殿前にある杉の巨木

 今回私は長谷寺、室生寺、龍穴神社に初めて参拝しましたが、これら歴史ある寺社への参拝は、何百年前も過去に生きていた人びとが、どのような心情で宗教を信仰し寺院や神社を建立したかについて考える契機となりました。多くの事柄が変化し続けている現代社会において、古くから変わらず伝統を守り維持し続けることは難しいことであると思います。しかしながら、立派な仏像や建築物などの伝統文化は、古くから人びとの信仰によって守られ、地域やその土地に深く根付いていることに今回の研修旅行を通して気づかされました。
                                                    (文責:福井敬)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-07-15 (932 ヒット)

 大正大学宗教学会で発行しております『宗教学年報』ですが、このたび第29輯が刊行にいたりました。執筆者・関係者のみなさまに対しまして、心より感謝申し上げます。



 本輯は、長年にわたり研究・教育に尽力されてきた星野英紀先生の退任記念号となっております。本輯には記念論文として、先生ご自身の最新の調査にもとづいた「東日本大震災と宗教」に関する論考を掲載しています。また、東日本大震災後に学会内に発足した「震災と宗教」研究会では、調査・研究の成果にもとづいて、6本の論文、各1本の資料とコラムを掲載しています。その他にも、研究ノートや書評と紹介を掲載しております。

 大正大学宗教学会OB・OGや会員、関係者・関係機関のみなさまにおかれましては、発送作業を終えております。もしOB・OG、会員の方で、お手元に届かない場合は、大変お手数ですが下記のメールアドレスにご連絡いただけると幸いです

 なお、非会員の方でお求めになる場合は、1部1,500円+送料180円(計 1,680円)にてお送りさせていただきます。こちらも下記のメールアドレスにご連絡ください。

 info★taisho-shukyogakkai.net (★を@に変換) 

 第29輯の目次は以下の通りです。

《記念論文》
 原発難民と「ふるさと」と寺院―福島浜通りの寺院檀信徒調査より―  星野英紀
 星野英紀先生 略歴・業績一覧

《共同報告・東日本大震災と宗教―福島県いわき市の事例から―》
 共同報告にあたって  寺田喜朗
 浜通りにおけるいわき市の位置づけと震災被害  川副早央里・星野壮
 神職たちの支援活動―いわき市大國魂神社を事例とした活動の変遷―  魚尾和瑛
 浄土宗青年僧侶による復興支援とそれを支える力  眄ジ恩
 あるキリスト教会の支援活動―「心のケア」を超えて―  齋藤知明
 天理教有志の支援活動―活動様態の構成に着目して―  藤井麻央
 孝道教団の災害・復興支援活動  小林惇道
 『中外日報』にみる東日本大震災後の宗教界の動向―2011年3月〜9月掲載関連記事見出し―  魚尾和瑛・河田純一・高田彩・長島三四郎
 あの日のこと―立正佼成会一会員の回想―  福原さとみ

《研究ノート》
 スピリチュアリティとしての仏教―ハンガリー人の仏教接触・関心・信仰パターン―  弓山達也
 スピリチュアル教育の応用と実践―他者の視点で語られる「自分史」―  齋藤知明・弓山達也

《書評と紹介》
 江島尚俊・三浦周・松野智章編『近代日本の大学と宗教』  小川有閑
 藤野陽平著『台湾における民衆キリスト教の人類学』  星野壮

《彙報》
 研究室のあゆみ
 ブログ記事
 修士論文紹介・開講科目一覧


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-07-11 (616 ヒット)

 6月21日〜22日、奈良県の天理大学で「宗教と社会」学会第22回学術大会が開催されました。大正大学宗教学研究室からは、弓山達也先生、寺田喜朗先生、星野壮先生のほか、院生ら12名が参加しました。

 「宗教と社会」学会は、宗教と社会に関する様々な問題を、社会学、歴史学、民俗学、宗教学、文化人類学などの諸分野から検討する学術組織で、総合的な宗教研究に関する学会としては日本宗教学会に次ぐ規模です。弓山先生が当学会の会長を、寺田先生が常任理事を務めています。

 大会1日目は個人発表が、大会2日目は個人発表とテーマセッションがありました。テーマセッションは、「異文化伝道と天理教」、「21世紀のスピリチュアリティ研究」「天理教研究の現在」、「グローバル資本主義を背景とした宗教実践の新展開」、「『宗教と社会』誌からみた「宗教と社会」学会の20年」が催されました。

 「宗教と社会」学会会場の天理大学

 興味深い発表が続くなかで、特に印象に残ったのは「『宗教と社会』誌からみた「宗教と社会」学会の20年」でした。このセッションでは、「宗教と社会」学会が発行する学術誌『宗教と社会』全20号の内容を振り返り、当学会の今後について議論がなされました。
 このセッションの発題者の1人であった寺田先生は、「実証的宗教社会学の観点から」という報告で、宗教社会学において残された研究課題を指摘されました。このような報告に対して、フロアからは多くの質疑が挙がり、このセッションは非常に活発な議論が展開されました。

 また、大会期間中は、天理教信者の修行所である「詰所」に特別に宿泊しました。詰所は天理大学がある天理市に数多くあります。私たちが宿泊した兵神大教会詰所は、明治28年に設立されたとのことで、詰所のはじまりともいわれている由緒ある施設でした。

 宿泊した兵神大教会詰所

 さらに私たちは、天理教教会本部で毎日行われる「朝つとめ」にも参加しました。朝つとめは、日の出時刻に合わせて5時から始まります。初めて朝つとめを体験した院生の多くは、その一体感のある礼拝の様子に終始圧倒されました。

 天理教教会本部

 朝つとめの後には、本研究室OBで天理大学教授の岡田正彦先生に、神殿内の設備や天理教の教義について説明を受けました。机上の勉学のみならず、宗教儀礼や実践を経験・観察することは、実際に信仰を持っている人びとがどのような活動をしているのかを考える点において非常に重要です。

 今回、「宗教と社会」学会の学術大会、天理教の研修に参加し、研究者の学問に対する真摯な姿勢や、宗教の幅の広さや、その魅力を改めて感じさせられました。そして、初めて学会に参加しましたが、世代や年齢に関係なく、多くの研究者が積極的に議論や発表を行うことが学会の醍醐味であると実感しました。また、研究者の研究とはどのようなものなのか、その「プロの姿勢」をみることができました。研究者の「プロの姿勢」を目標に今後も日々努力をして研究に励んでいきたいと思います。
                                                   (文責・福井敬)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-05-17 (801 ヒット)

 5月10日(土)、本学2号館233教室で、日本いのちの教育学会 2014 年度第1 回定期勉強会が開催されました。この学会の副会長を弓山達也が務めていることあり、以前より何度も本学で定期勉強会(L.E.S.)や大会が開催されています(詳しくは学会サイトhttp://inochinokyouiku.wix.com/jaldeを参照)。大正大学宗教学会からは弓山と、齋藤知明が参加しました。

 今回の定期勉強会のテーマは、「子どもの防煙の現状と、禁煙支援における「動機づけ面接」の実際」でした。演者と演題は次の通りでした。

 (1) 中川常郎先生(受動喫煙から子どもを守る小児科医師の会)
「子どもの防煙 (本人の喫煙防止と受動喫煙防止)の現状」
 (2) 磯村毅先生(予防医療研究所 動機づけ面接トレーナ)
「禁煙支援における「動機づけ面接」の実際」

 1人目の中川先生は、喫煙においてどのような害があるのかと、現代における喫煙の実態はどのようなものかの2点を中心に話されました。まずは、下記の項目について説明がありました(当日配布されたレジュメより)。
  ゝ扮譴腕蝋イ任呂覆、ニコチン依存症という疾患
 ◆〇劼匹發了にタバコを美味しいと感じると、タバコから離脱困難になる
  喫煙者の約9割以上は成人前に吸い始める
 ぁ(振儺扮豎始年齢は13才
 ァ々盥擦鮹翅爐靴峠⊃Δ靴討い覆い發里竜扮賣┐脇雲ぢ紊能⊃Δ靴討い觴圓茲蠅盥發
 Α’ド悗蓮妊娠判明時に18%、妊娠中でも5%の方が吸い続けている
 その他にも印象的だったのが、煙草の煙が及ぶ距離はおよそ17mであり、「分煙」(喫煙するスペースと禁煙するスペースが分離されている状況)はほとんど意味がないこと、そして何よりもショックだったのが、煙草の煙はPM2.5(人の呼吸器系に沈着して健康に影響を及ぼす粒子状物質)であることなどでした。

 2人目の磯村先生は、動機づけ面接(Motivational Interviewing 「MI」)について、ワークショップと講義を組み合わせて説明されました。会場にはMIの経験があるファシリテーター5人がいて、初めてMIを体験する参加者はファシリテーターからの補助を受けながら、ワークショップが進んでいきました。
 最初はMIの具体的な事例(休み時間に一人でタバコを吸っている病院実習中の学生と、それを止めさせたい教員とのやりとり)を使って、どこでMI的なやり取りがあったのか、どこで状況が変わる教員の一言があったのかを考えるワークをしました。


 レジュメの一部を抜粋(タバコを吸う実習生Aとある教員とのやりとり)

 弓山は、MIでいう「スピリット(被面接者の感情や価値観が表れている箇所)」にあたる箇所に線を引きましたが、MIではまず会話の「スキル(どのように面接者が切り返しているか)」にあたるところを注目しなければならないという点をファシリテーターから指摘されました。
 齋藤も初めてMIを体験したため、最初はどの時点がポイントとなったのか全く分かりませんでしたが、ファシリテーターから、この学生は1人でこっそり吸っているけれども、煙草を止めたいとも思っていると教えてもらい、ようやく正解にたどり着くことができました。このように、被面接者の矛盾する感情や本来ならばこうありたいのにと思う価値観を見つけることがMIでは重要とのことでした(ちなみに、齋藤のファシリテーターは、本学大学院臨床心理学専攻の院生で、スクールカウンセラーをしている石田日富美さんでした)。
 
 MIは、被面接者を説得したり指示したりするもの(それを「正したい反射」と呼びます)ではなく、対話のなかで被面接者の「両価性」(矛盾する思い)を汲み取った上で、相手の言い分に共感しながら、相手にとって良い方向に導く(相手に気付いてもらう)作業であるとのことでした。また、相手の価値や感情に触れつつ自律性をサポートする手法でもあるようです。そして、この方法は、医療や臨床心理だけの分野だけにとどまらないということが示唆され、磯村先生の講義が終了しました。

 今回の定期勉強会に参加し、たしかにMIは、教育や宗教などの分野でも通用すると感じました。教育であれば、勉強をしなければならないとわかりつつも勉強が苦手な学生にどのようにして勉強をする方向に導くか。宗教であれば、チャプレンやビハーラ僧のように臨床の現場にいる宗教者が、どのようにして患者の「長く生きたい。けど、平生に見送られたい」という矛盾する思いを汲み取ることができるかなど、様々な分野で応用が可能と思いました。MIは、特殊な技術が必要ですが、トレーニング法が明確になっていることもあり、改めて勉強してみたいと思いました。

(文責・弓山達也&齋藤知明)


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2014-04-27 (763 ヒット)

 4月13日(日)大正大学2号館233教室にて、「宗教と社会」学会の一プロジェクトである「宗教文化の授業研究」の研究会が開催されました。今回の研究会のテーマは、「日本の宗教を海外の大学で教える際の授業の組み立て方と方法」というもので、宗教学研究室からは、発表者の弓山達也先生のほか、寺田喜朗先生、齋藤知明先生、高田彩が参加しました。

 研究会では、北海道大学の櫻井義秀先生による香港中文大学大学院の修士課程での授業経験についての報告と、弓山先生によるハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学での授業経験についての報告がおこなわれました。





発表された櫻井先生と弓山先生

 両先生の発表を受けて、海外で日本の宗教を伝える際に的確な資料が少ないことや、授業の形式が学生の理解を深める上で有効であったのか、扱った題材が日本の宗教を理解してもらうのに一般的なものだったのかなど、議論がなされました。
 香港は住宅事情が日本より厳しく、ペットを飼うことが難しいという背景があるため、香港の学生が日本のペット葬に興味を示したという櫻井先生の報告や、ハンガリーの学生が日本映画を見て、日本人の宗教観や死生観を考えるという授業で、ステレオタイプ的な日本理解から、議論を深めるうちにだんだんと自分たちなりの理解に変化したという弓山先生の報告が興味深かったです。いずれも、それぞれの国の背景や社会的関心の違いから生まれる問題であり、海外と日本の宗教理解を深める上で重要な視点になると思いました。

                                                  (文責・高田彩)


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